【芸能】異例の民放批判も…NHK「クローズアップ現代」がジャニー喜多川氏の“性加害”に斬り込んだ意味とは
「ジャニー喜多川氏の性加害」にもっとも踏み込んで発言したニュースキャスターは誰だったか から続く
沈黙を守っていたテレビ番組が、ジャニーズ事務所の“性加害”に初めて本格的に斬り込んだ。NHKの「クローズアップ現代」(以下、「クロ現」)。日本の公共放送・NHKを代表する調査報道番組である。
つい1週間前までは週刊文春が報じても、英国の公共放送・BBCがドキュメンタリーを放送しても、完全に黙殺していた大手メディア。芸能界の“権力”でもあるジャニーズ事務所の問題は、メディアにとって触れてはならないタブーだった。それがテレビのニュースで少しずつ報じられるようになってきた。
ついにヤマが動いた!
5月17日(水)、NHK「クロ現」で放送された「“誰も助けてくれなかった”告白・ジャニーズと性加害問題」。番組の冒頭では、今年3月のBBCの放送がきっかけで被害を訴える人たちが続出している事実に触れた桑子真帆キャスターは語った。
「なぜこの問題を報じてこなかったのか。私たちの取材でもこうした声を複数いただきました。海外メディアによる報道がきっかけで波紋が広がっていること。私たちは重く受けとめています」〉
自分たちが報じてこなかったことを素直に認め、もっと報じるべき問題だったと深く反省する姿勢を見せたのだ。
被害者の一人であるカウアン・オカモトさんは、4月に記者会見した際、大手メディアが報じない不作為が被害拡大につながったことを示唆していた。
「もし当時大手メディアが報じていたら(事務所に入る)ご自身の選択は変わった?」
(カウアン・オカモトさん)
「たぶん(入所は)なかったんじゃないかと思います」〉
報じてこなかった自らの責任を率直に認めて「重く受けとめる」。桑子アナの言葉は、NHKの看板報道番組として斬り込んでいくという決意表明だった。ついに“ヤマが動いた”。「大手メディアの沈黙」が完全に崩れ、報道の流れが大きく変わったのだ。テレビ報道を研究する人間としてその意味を考えておきたい。
新たに登場した「顔出し実名」の“元少年”
今年3月に英国のBBCがジャニー喜多川氏(2019年死亡)による性加害についてのドキュメンタリーを放送して以降、週刊文春を中心に被害者たちが声を上げている。
4月には元ジャニーズJr.のカウアン・オカモトさん(26)が日本外国特派員協会で記者会見を行い、5月11日にはTBS「news23」で元ジャニーズJr.の橋田康さん(37)が証言した。2人とも顔出し実名で「少年時代にジャニー氏から性被害にあった」と告発した。2人は国会で立憲民主党のヒアリングにも出席し、現在の法律ではこうした問題に対処ができないと法の整備も訴えている。
そんな中で「クロ現」は、新たに3人目となる顔出し実名で証言する被害者をテレビメディアでは初めて登場させた。そのインパクトは計り知れない。これから勇気を出してメディアの前で証言する人が続く可能性があることを示したからだ。
「いま声を上げる時だと思った」
初めてカメラの前でそう話すのは、元ジャニーズJr.の二本樹顕理(にほんぎ・あきまさ)さん(39)。中学2年生で事務所に入ってしばらくして経験した性被害を赤裸々に証言する。
〈(二本樹顕理さん)
「マッサージから始まってだんだんパンツの中に手を入れられて性器を触られて……。その後は手で触られたり、そこからオーラルセックスされました。後は勃起した性器を体にこすりつけられたり」〉
その時の心理状況については、まだ性経験もない時期だったので「すごく困惑した」「自分の身に起こっていることがいまいちよく理解できない」状態で体が硬直して寝たふりをしていたと話す。
「自分の中のセルフイメージが崩れ去っていくような感じで心と体が別々になるというのか」
翌日、1万円を渡されて売春みたいで自分の価値をお金で決められたと受け止めたという。そうした行為は10回から15回に及んだ。
〈(二本樹顕理さん)
「マッサージから始まって性的行為に及んでいく。自分の中が崩れ去っていくような感じで心と体が別々になる」〉
二本樹さんは2年で事務所を退社。その後も当時の記憶に苦しめられてきた。
〈(二本樹顕理さん)
「かなりトラウマに残りましたね。当時のジャニーさんと同じくらいの年齢の男性を見ると拒絶反応が起こる。普通に接することができなくなるという状態がしばらく続いた。仕事に就いて上司が50代60代の方だったりすると妙な恐怖感がわいて普通に接することができなくなる。ある時、食事中に当時の様子とか思い出したことがあってフラッシュバック的に食事を吐きそうになった。それぐらいインパクトのある衝撃的な体験でした。私にとって」〉
12歳の頃に性的に陵辱された記憶。二本樹さんは27年経った今も忘れられずに苦しんでいた。
「クロ現」の取材に対して6人が性被害を告白したという。
今も“元少年たち”を苦しめる「心の傷」のトラウマ
番組にはもう一人、50代の“元少年”が登場する。BBCが制作したドキュメンタリーでも涙ながらに証言していた林さん(仮名)だ。仲間内では性被害は公然の秘密だったと話す。
〈(元ジャニーズJr.林さん・仮名)
「人とは違う自分になっちゃったんだなというのが一番。親にも相談できることじゃないですし、学校の友達とかにも言えないし、こういう被害をなくすためには一度大きな問題になったほうがいい」〉
自分自身は被害にあわないで済んだものの、他の少年への行為を目撃したことで深い後悔の念を抱えながら生きているという人も証言した。性加害の「心の傷」は直接の加害者にとどまらないほど根が深い。
〈(元ジャニーズJr.の男性・匿名)
「私の横で寝ていた仲間がゴソゴソと夜中何かをされている。『自分は無事でよかった』と今思うとひきょうな考え。今もそのときの状況は脳裏に焼き付いています。そのときの感情は忘れられない」〉
ジャニーズ事務所が週刊文春の記事を名誉毀損だと訴えた裁判でも、東京高裁はセクハラ行為について重要な部分は事実だと証明されたと認定して、上告が棄却された2004年に判決は確定した。NHKなどのメディアが大きく報じることはなかった。週刊文春側の代理人だった喜多村洋一弁護士は「報道すべきものを報道していない」「報道機関としての怠慢だ」と指摘した。
通常、NHKは放送の中で他のメディアを批判したりすることには極めて慎重な組織だ。ましてや同じテレビ局を公然と番組内で批判することはほとんどない。公共放送として日本の報道を中心で支えているという強い自負からだろう。
だが、そんなNHKが他のテレビ局を批判的に報道するという異例な一幕があった。芸能界とメディアについて20年取材しているジャーナリストの松谷創一郎さんが、スタジオにゲストとして登場して次のように発言したのだ。
〈(ジャーナリスト松谷創一郎さん)
「報道がなかなかされなかったし、今回も民放もNHKも含めてかなり報道に抑制的なんです。私はこのことが一番大きな問題だと捉えている。
特に民放が今も報道に抑制的であるということはある種の共犯関係だと考えている。このことは各社がちゃんと過去も含めて検証すべきだと思っている。民放のテレビ朝日、フジテレビは特にそうですけれども逃げないでちゃんと向き合っていただきたい」〉
生放送の中でゲストである松谷氏がコメントしたため、テレビ朝日やフジテレビの名前を出すことはNHK側も想定外だったかもしれない。
ただ、テレビ朝日は様々な報道ネタを扱う長時間の番組である「グッド!モーニング」「羽鳥慎一モーニングショー」「大下容子ワイド!スクランブル」を抱えながら、ごくわずかしかこの問題を扱っていない。なかでも「ワイド!スクランブル」は視聴者から見ても不自然で露骨なほど徹底して扱わない。フジテレビも「めざましテレビ」「めざまし8」など長時間の番組でこの問題を避け続けている。
筆者から見ても、松谷氏が特にこの2局を名指しした理由は同意できる。
NHKがこれまであまりしなかった他局批判にあえて乗り出したことは、それだけメディア側の責任を痛感しているからだろう。こうした変化は、社会的な問題を徹底的に議論しながらメディア同士の健全な関係を作っていくために望ましいことだと感じる。
第三者委員会を設置しないジャニーズ事務所への批判は今後強まる?
ジャニーズ事務所は5月14日に発表した藤島ジュリー景子社長の動画と文書にて、ジャニー喜多川氏による性加害をめぐって第三者委員会の設置をしないとしている。被害者たちのプラバシーの保護を理由にしているが、それに対して信頼できる調査結果にはならないとして批判の声が強まっている。この日、「クロ現」でも第三者委員会を設置すべきだという意見が表明された。
〈(松谷創一郎さん)
「第三者委員会を設置すべき。この問題がどうだったのかきちんと調べないとまた芸能界、あるいは日本社会でこの問題が繰り返されてしまう」〉
「クロ現」という“ヤマ”が動いた以上、報道の流れは加速し、ますますジャニーズ事務所や他のメディアの姿勢をタブー視しないものに変わっていくはずだ。動画やコメントを一方的に発表しただけで、質疑応答ができる記者会見を開こうとしないジャニーズ事務所への風当たりはますます強いものになっていくだろう。
(水島 宏明)
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